看護の現場でのリスクマネジメントとは?事例から導く危機対処法

遠藤 香大(えんどう こうだい)
2014年、病院で患者の人工呼吸器に接続された気管チューブの固定テープを看護師が切ろうとした際、誤ってカフチューブをはさみで切断する事例がありました。患者の気管が腫れていたため挿管に時間を取られたことが原因です。患者は2週間後に死亡するという最悪の結果になりました。
他にも死亡には至らないにせよ、採血手技が原因で神経損傷を起こしたとして訴訟になるなど、看護師の仕事は常にリスクにさらされています。
この記事では、看護の仕事でおこりうるリスクとは何かを知ってもらい、具体的な事例を出して適切な危機対処法について解説します。貴院でのリスクマネジメントの参考にしてください。
目次
看護の現場におけるリスクマネジメントとその目的
看護におけるリスクマネジメントとは、「看護の現場で起こりえるリスクを事前に認識・予測して未然に防ぐため、もしくは被害を最小限に食い止めるための取り組みのこと」を意味します。
看護の現場は、常にリスクが潜んでいる危険な領域です。そこで看護におけるリスクマネジメントが重要な役割を担います。
看護を対象としたリスクマネジメントを実施すべき具体的な目的は、以下の表にあるように、「患者」「病院」「看護師」の3つを守ることです。
対象 | 目的 |
---|---|
患者 | 看護師は患者のもっとも身近な存在であり、看護ケアの過程で何らかのミスがあれば、患者に大きな影響を及ぼす可能性がある。看護師のリスクマネジメント実施は、患者の安全確保に必要不可欠といえる |
病院 | 医療現場は日々、高度化・複雑化しているだけでなく、看護の現場では人手不足による業務の忙しさも相まって、人為的なミスが起こりやすい環境にある。看護師のミスを低減するには、リスクマネジメントで予防する必要がある |
看護師 | 他職種のミスでも、最終確認や行為をするのは看護師のことが多く、看護職種は責任を問われやすく、インシデントが発生しやすい。適切なリスク対策を実施することは、看護師を守ることにもつながる |
つまり、看護におけるリスクマネジメントの目的は「患者の安全確保」「病院組織の安全と質の向上」「看護師自身の労働安全と権利保護」になります。
看護の現場では日々さまざまなリスクが潜んでいますが、適切なリスクマネジメントの実践により、トラブルを未然に防ぎ、患者、病院、看護師、それぞれの利益を多角的に守ることが可能になります。
看護の現場で遭遇しやすいリスクと具体的取り組み
最初に看護の現場で遭遇しやすいリスクとリスクマネジメントの具体的な取り組みについて具体的に解説していきます。看護の現場で遭遇しやすい代表的なものを以下に挙げます。
- 感染
- 患者誤認
- 誤薬
- 針刺し事故
- 患者の転倒転落
- コミュニケーションエラー
看護師のリスクを回避するために、具体的な取り組みについて解説していきます。
感染
感染症の有無に関わらず、すべての患者に対してスタンダードプリコーション(標準予防策)を実施する必要があります。具体的にはマスク着用、手指衛生、防護具の使用です。さらに感染疑いがあれば、標準予防策に加え、感染経路別予防策を実施します。
感染経路別予防策とは、麻疹や水痘感染疑いであれば空気感染予防策、インフルエンザ疑いであれば飛沫感染予防策、感染性胃腸炎であれば接触感染予防策というように、以下のように感染症の伝播経路に応じた予防策を講じることです。
- 空気感染予防策:N95マスク着用、陰圧室への隔離
- 飛沫感染予防策:一定の距離を保つ、医療用マスクの着用
- 接触感染予防策:使用した器具の滅菌・消毒、ガウン・手袋の着用
感染症の特性に応じて適切な感染予防策をとることで、感染リスクを最小限に抑えることができます。標準予防策に加え、症状に見合った予防策を実施しましょう。
患者誤認
患者に難聴や認知症などがなくても、すべての医療行為や看護行為を行うときは、患者本人であることを確認すると、患者誤認は防げます。
例えば、外来診察室では患者本人から「氏名」「生年月日」を名乗ってもらいます。採血室などでは、患者と氏名を確認し、さらにリストバンドで呼称を確認します。診察券などの受け渡しの際は名前を名乗ってもらうほか、診察券などの名前も一緒にチェックすることで、誤認は少なくなります。
誤薬
誤薬を防ぐには以下の「6つのR」が重要です。
- 正しい患者(Right Patient)
- 正しい薬剤(Right Drug)
- 正しい目的(Right Purpose)
- 正しい用量(Right Dose)
- 正しい用法(Right Route)
- 正しい時間(Right Time)
薬剤の指示を受けたら、患者氏名や指示内容、薬剤が間違っていないかチェックします。薬剤に変更がある場合は、その理由を把握しておくとルーティンワークにならず、ミスが少なくなります。与薬前は上記「6つのR」を確認し、与薬時は再度、患者名や薬剤名、服薬方法をチェックし、ミスを防ぐようにしましょう。
針刺し事故
針刺し事故を防止するために押さえるべきポイントは以下になります。
- 標準予防策の徹底
- 安全な操作手順の遵守
- リキャップの禁止
- 安全な針の使用
- 適切な針廃棄の実施
- 1患者、1トレイの実施
- インシデント報告と分析
環境整備と看護師一人ひとりの意識向上が重要です。針刺し事故の発生を最小限に抑えた取り組みや教育が不可欠といえます。
患者の転倒転落
患者の転倒転落の予防策には、以下のようなものが挙げられます。
- 患者のアセスメントと可動域の把握
- ベッド周辺の環境整備
- 転倒転落のリスク評価、高リスク患者の特定
- ベッド柵の使用
- トイレ介助など適切な見守り
- 転倒転落予防に関するスタッフ教育
- 装具の活用
- インシデント発生時の報告と原因分析
転倒転落は時に重大な事故につながることがあります。環境・患者・スタッフに対して多面的なアプローチが必要です。定期的な評価と対策を見直し、患者の安全を確保することで、ケガや合併症のリスクを最小限に抑えましょう。
コミュニケーションエラー
看護師の業務は口頭で申し送りをする機会が多く、コミュニケーションエラーが起こりやすいといえます。コミュニケーションエラーを防ぐため、以下の点に留意することが大切です。
- 明確な言葉を使う
- 重要な指示や意見が無視された場合は、2回は繰り返して伝える
- 患者の状況報告をする際は、SBAR(状況・背景・評価・勧告)ツールを活用し、簡潔に伝える
- 緊急事態は、コールアウト(声だし確認)ですべてのメンバーに情報共有をおこなう
- 伝えた内容が正しく伝わったか、復唱・チェックバックで確認する
- 申し送り項目を標準化し、引継ぎエラーを防止する
コミュニケーションの工夫により、医療チーム全体のパフォーマンスが向上し、患者の安全が確保できます。明確でダブルチェックのある情報共有が重要です。効果的なコミュニケーションを通じて、チームのパフォーマンスを向上させることにつながります。
看護におけるリスクマネジメント実施のステップ
看護におけるリスクマネジメント実施の最初のステップとしては、発生する可能性のあるリスクをあらかじめ特定することです。ヒヤリハット、インシデント、アクシデントに該当するリスクを事前に把握し、潜在的な危険性を見極めましょう。
優先順位の高いリスクが把握できたところで、次のステップとして、以下のようにPDCA(PLAN-DO-CHECK-ACTION)サイクルを繰り返し、リスクの低減を図ります。
1.PLAN(計画)
看護現場で起こりうるリスクを洗い出す。過去のインシデントレポートの分析、現場観察、スタッフへのアンケートなどを通じて、潜在的なリスクを網羅的に特定する
2.DO(実行)
特定したリスクに対して、発生頻度、重症度、影響度などを評価・分析する。リスクの大きさを数値化し、優先順位をつける
3.CHECK(評価)
リスクの具体的な対応策を立案する。リスク回避・リスク低減・リスクの受け入れなど、最適な方法を決定する
4.ACTION(改善)
対策を実施した後、リスクを再評価する。対策が有効かをモニタリングし、新たなリスクが発生していないかを確認する
PDCAサイクルを繰り返すことで、看護現場におけるリスクを継続的に低減し、安全な医療を提供できます。現場の状況や患者の状態の変化、治療の進行状況に合わせて、リスクマネジメントを見直し、必要な対応を講じていく必要があります。
事例から導く適切なリスクマネジメント方法
看護現場におけるリスクマネジメントの重要性を踏まえ、2つの事例を通じてPDCAサイクルに基づく具体的対応策を紹介します。
事例その1:認知症患者がベッドから転落、骨折の事例
療養型病棟に入所中の高齢患者A氏が、夜間にベッドから転落し、大腿骨骨折となった。A氏は認知症があり、トイレに行こうと、ベッド柵を乗り越えて立ち上がろうとしたことが原因と考えられる |
インシデント発生時の対応
- 転落後はA氏の状況を迅速に確認し、適切な応急処置と救急搬送をおこなう
- 家族への連絡と説明責任を果たす
- 転落インシデントの原因分析を実施し、再発防止に向けた具体策を講じる
PDCAに基づく対応
1.PLAN(計画)
- 過去のインシデントレポートを確認。転倒転落が多い事故型と確認
- 現場観察で、認知症患者の見守り体制が手薄になっていることが判明
- 看護師へのアンケートで、転倒転落リスク評価の手順に不明点があることが判明
2.DO(実行)
- 転倒転落リスクの高い認知症患者への対策を優先課題として位置づける
- 転倒転落のリスクに対して、リスクの大きさや発生頻度、影響度を評価する
- 認知症患者の行動把握と見守りを強化するため、夜間の巡回を増やす
3.CHECK(評価)
- 実施した予防策の効果を転倒転落のインシデント件数の減少などから評価し、改善の余地があるか確認する
- 定期的な転倒転落リスクの評価やスタッフ教育の効果測定を行う
- 過去の転倒転落インシデント報告や原因分析なども参考に、新たな予防策の必要性を把握
4.ACTION(改善)
- 評価の結果を踏まえて、引き続きリスク評価と必要な改善策を実施する
- センサーマットの設置、転倒転落防止の補助機器の導入などを検討
- スタッフの訓練の実施
- より手厚い見守りが実施できるよう病床の位置の変更、人員の補充なども視野にいれる
PDCAサイクルを活用し、リスクの特定、優先度の設定、具体的な対策の実行とモニタリング、継続的な改善を実施することで、転倒転落などの重大インシデントを未然に防ぐことができます。またリスクの低減が出来れば、看護師の負担も軽減し、効率的な業務にもつながります。
事例その2:別患者の採血管に血液を採取
採血室で、看護師が誤って別の患者の採血管に患者B氏の血液を採取してしまった。患者誤認による手違いが発覚したのは、検査データと症状が一致しなかったため、医師からの指摘があり気づいた |
インシデント発生時の対応
- 発覚次第、患者B氏と科増に事実関係と謝罪の説明をおこなう
- 追加検査で、健康被害がないことを確認
- 原因分析とヒアリングを行い、再発防止に向けた具体策を立案、実行に移す
PDCAに基づく対応
1.PLAN(計画)
- 過去のインシデント報告を分析し、患者誤認が一昔前にも発生していることを確認
- 現場観察で、採血業務は常に患者が待機している状態で、時間帯によっては立て込んでいることが確認できた
- 看護師へのヒアリングをおこなったところ、確認作業がおろそかになりがちとの指摘があった
2.DO(実行)
- 患者誤認防止対策を最優先課題として位置づける
- 患者確認の手順や呼称の統一化を徹底する研修を実施する
- 採血業務の分散やダブルチェック体制の確立など、業務フローの見直しをおこなう
3.CHECK(評価)
- 研修受講とフォローアップ確認で、手順の定着を確認
- 一定期間のモニタリングで、患者誤認のインシデント報告件数が減少したことを確認
4.ACTION(改善)
- 手順の遵守状況を継続的に監視し、必要に応じて、追加の対策を検討する
- リストバンドの装着徹底や電子カルテでの患者確認など、ITの活用も検討
- 新人教育で、患者確認の重要性を繰り返し周知徹底
患者誤認で採血結果が異なってくると、薬剤の変更など治療方針が変更となる可能性が高く、病院を巻き込んでの重大なインシデントにつながるリスクがあります。
PDCAサイクルを通じて、手順の標準化や業務フローの見直し、ITの積極活用など、さまざまな側面から対策を講じることが重要です。
災害発生時のリスクマネジメント対策も重要
最後に、近年災害が多発するなかで、医療現場においても災害発生時のリスクマネジメントが重要視されるようになっています。地震や台風などの自然災害、またはテロ事件などの人為的災害に備え、看護師が迅速かつ効率的に対応することが求められています。
災害時には救助にあたる人員確保が必須です。しかし看護師自身が災害を受け、安否確認が困難な場合、医療現場は混乱を極めます。
有事に必要なのは、看護師の安否確認を迅速かつ簡易に行えるシステムの導入です。具体的には看護師を含む従業員へ自動で一斉に安否確認メールを送信できる「安否確認システム」の活用が適しています。
トヨクモ「安否確認サービス2」は災害時のリスクマネジメントに有効
トヨクモの『安否確認サービス2』は、災害発生時に従業員の安否を自動でメール確認できるサービスです。
従来の電話やメールの連絡網による安否確認よりも迅速に状況を把握できるため、医療機関の災害対策を強化する有用なツールとなっています。安否確認を電話やメールでのみ対応している医療機関はぜひ安否確認サービス2を試してみてください。
独立行政法人 東京都健康長寿センター「安否確認サービス2」導入事例
東京都健康長寿センターは災害拠点病院として、災害時の部署ごと、職種ごとの人材把握が重要です。しかし緊急時は各部署に対応を委ねる体制だったため、混乱が予測されていました。
そこで同病院はリスクマネジメントとして、安否確認サービス2を導入することで、部署や職種ごとに出勤可能な人数を迅速に把握できるようになり、災害時の人材確保体制が整いました。
(参考:トヨクモ 安否確認サービス2 独立行政法人 東京都健康長寿センター)
医療法人回精会北津島病院の導入事例
回精会北津島病院は、従来は電話による緊急連絡網で安否確認を行っていましたが、職員の被災状況を確認しづらく、個人情報保護の観点から連絡網の管理も難しい状況になりました。
安否確認サービス2の導入により、個人情報を使わずに災害時の職員の被災状況を迅速に収集できるようになったため、安全確認が容易になりました。
(参考:トヨクモ 安否確認サービス2 医療法人回精会北津島病院)
看護師が安心して働ける職場環境の提供を
看護現場には感染、患者誤認、誤薬など様々なリスクが潜んでいます。患者への危害を未然に防ぎ、医療ミスや事故を減らすためには、日々のリスクを認識し、具体的な対策を講じることが不可欠です。PDCAサイクルを活用して、リスクの特定から改善に至るプロセスを継続的に実施することが重要になります。
さらに、災害発生時のリスクマネジメントにも備える必要があります。看護師の安否確認体制を整備しておけば、災害時の医療現場の混乱を最小限に抑えることができます。安否確認サービス2のような専用ツールの活用も有力な選択肢です。
看護現場におけるリスクマネジメントは、患者の安全を守るだけでなく、看護師自身が安心して働ける職場環境の実現にもつながります。リスクを適切に管理することで、質の高い看護サービスの提供と看護師の労働環境の改善を両立できるのです。
本記事で紹介した内容を参考に、患者と看護師双方の安全確保に向けて、具体的な取り組みを重ねていただければと思います。