なぜ避難訓練は「形骸化」するのか|防災心理学者・木村玲欧氏 × 元レスキュー隊長・野村功次郎氏が語る「行動のパッケージ化」
遠藤 香大(えんどう こうだい)
避難訓練を毎年やっているのに、形だけで終わってしまう。マニュアルがあっても、いざという瞬間に体は動かない──多くの企業がこの課題を抱えています。
トヨクモ株式会社が2026年1月28日に開催したオンラインカンファレンス「トヨクモ防災DAY2026」のセッション3では、防災心理学を専門とする兵庫県立大学・木村玲欧教授と、元呉市消防局レスキュー隊長として阪神・淡路大震災など数々の災害現場に対応してきた野村功次郎氏が登壇。「なぜ訓練は形骸化するのか」「どうすれば動ける状態を作れるのか」を、心理学と現場、両側から徹底的に議論しました。
目次
【セッション概要】
トヨクモ防災DAY2026 セッション3 「なぜ、避難訓練は『形骸化』するのか? 防災心理学に学ぶ”行動パッケージ”の作り方」
登壇者

- 木村 玲欧(兵庫県立大学 環境人間学部・大学院環境人間学研究科 教授) 防災心理学・防災教育学を専門とし、災害時の人間の心理や行動を実証研究してきた。内閣府 防災教育チャレンジプラン実行委員会委員長などを務め、行政・地域・企業の防災実践とも連携。著書に『災害・防災の心理学』(北樹出版)など。

- 野村 功次郎(防災家・危機管理アドバイザー 元広島県呉市消防局消防吏員 レジリエンス.com代表 一般社団法人刑事事象解析研究所 防災分科会 会長) 広島県呉市消防局に22年間勤務し、警防・救助・救急各隊の隊長を歴任。阪神・淡路大震災や東日本大震災など多くの災害現場で対応にあたった経験をもとに、企業・自治体・教育機関で講演・指導を行う。日本テレビ「世界一受けたい授業」、NHK「ニュースライブ ゆう5時」などテレビ出演多数。
進行
- 野嶋 紗己子 (MC・プロデューサー)
なぜ防災訓練は「形骸化」してしまうのか
野嶋:避難訓練を繰り返しているのに、形だけで終わってしまう。そんな声をよく耳にしますよね。マニュアルがあっても、肝心の瞬間に体が動くかどうかはわからない。まずはここから伺いたいのですが、木村先生、根本原因はどこにあるとお考えですか。
木村:すべての根本にあるのは、「わがこと意識」を持てないことだと言われています。わがこと意識というのは、災害を自分のこととして引き寄せて感じる感覚のことです。これを持てると、人は動けるようになります。
たとえば、犯罪に対する防犯、病気に対する健康管理は、日々感じるリスクなのでわがこと意識を持ちやすい。一方、災害はそうそう毎月毎週起きるわけではありません。だから人間はそもそもわがこと意識を持ちづらいんですね。
──具体的な被害イメージを見せれば、自分ごと化できるのかなと思っていたのですが。
木村:被害イメージを見せるのは、半歩前進した訓練だと思います。ただ、注意が必要なのは、自分の住んでいる地域とまったく違う災害の映像をポンと見せられても、「それはあそこの地域の話だから」と切り離してしまう傾向があるんです。
東京でビルに囲まれた中で、木造家屋の被害映像を見せられても、「自分のところでは大丈夫」となってしまう。ハザードマップで自分の地域でも起こりうる災害だと示し、自分の地域とのマッチングをして初めて、一歩進んだわがこと意識になります。最近は生成AIで、自分の地域に似たシミュレーション動画も作れるようになっていますので、そうした工夫は重要です。

──野村さん、現場の視点からはいかがでしょうか。
野村:近年の災害はひとつでは終わらない、ということが重要です。地震が起これば津波が来る、避難すれば感染症の恐れがある、インフラが停止すれば交通事故・犯罪・略奪も連動して起こるかもしれない。ひとつの災害から必ず複合・連動するという想定で訓練をする、これが大事なんです。
──ひとつに対してひとつ、では足りない。
野村:そうです。これは「原因事象」ではなく「結果事象」で考える、ということでもあります。やりがちなのは、原因が起こったらそれを追尾する、対応して終わり。そうではなくて、「こういう結果にならないためにこれもこれも押さえておこう」というスタンスで、ゴールから逆算するのが理想です。原因ばかり追っていると、そこで完結してしまいます。
「動けなくなる」のは人間の本能|3つのバイアス
──ビジネスでは皆さん当たり前にやっていることが、なぜ災害時にはできなくなるのか。木村先生、心理学の観点ではどう説明できるでしょうか。
木村:そもそも災害時、人は動けないんだという前提に立って訓練を設計することが、とても重要です。
地震で目の前の光景が一変すると、人はフリーズします。「失見当(しつけんとう)」というんですが、周りの状況がわからなくなり、頭の中が真っ白になる、視野が狭まる──こういう状態に、人間は環境変化があるとなってしまう。これは医学用語でしたが、最近は災害・防災場面を扱う心理学でも使われるようになっています。
その前提に立ったうえで、限られた情報処理能力の中で何をすべきか、を考えるのが大切です。
──よく「正常性バイアス」という言葉も聞きますが、これは。
木村:正常性バイアスの「バイアス」とは、「考え方の癖」のことです。正常性バイアスとは、ゆるやかでほとんど変化がない時に「たぶん大丈夫だろう」と思ってしまう考え方の癖です。人間は、先ほどの失見当のような急激で大きな環境変化のときも、逆にゆるやかでほとんど変化がないときも、うまく判断ができない癖を持っています。
それから、災害直後に働く別のバイアスが「同調性バイアス」です。人間は社会的な動物で、群れを作って行動します。みんなが動かないと自分も動かない──群れから飛び出すと外敵に襲われるので、遺伝子レベルで「周りと同じように動くことで身を守ろう」とする本能があるんです。
津波の情報が出ても「周囲に大きな被害が出ているわけではないし、周りの人たちはあんまり関係なさそうにしているし、たぶん大丈夫だろう。いつもの空振りだろう」となる。大きな変化でも動けないし、小さな変化でも動けない。この人間の特徴を理解した上で訓練を考えることが、とても重要です。

──遺伝子レベルだと、もう逃げるのが難しい気もしてきます。
野村:だからこそ個々の従業員のレベル・意識が重要です。リスクに対して動けないという話がありましたが、皆さん日常では少なからずリスクや事象に対して判断しています。「お肉ばかりだから今日は野菜にしよう」「雨が降るから5分早く出よう」と。日常の中ではできているんですね。
それが、いざ防災・訓練となると「担当者の努力義務」で終わってしまう。「担当者の指示通りやればいい」となって、わがことに置き換えられていない。集団になると「みんな動かないから自分も動かない」「一人だけ動いても変に思われる」となって機能しない。ここが大きな壁です。
シナリオ型訓練の限界|なぜ『読み合わせ会』では足りないのか
──担当者に任せきりという構造もよくありますね。せめてフィードバックを取り入れて改善する、というのが定石だと思うのですが。
野村:現行の訓練のほとんどはシナリオ型です。「何月何日何分頃、食堂で出火。誰が通報し、誰が避難誘導」と、台本まで決まっています。次に何をやるかわかっているし、計画書も担当者の名前が変わるだけで内容は変わらない。訓練のための訓練になってしまっているんです。
これでは、「フェーズ理論」で言うところの意識のレベルが機能しません。
──フェーズ理論というのは。
野村:意識の各局面を5段階で捉えるものです。無意識、意識ボケ、普通、明晰、緊張。一番良いのは「普通」と「明晰」。これを機能させるには、企業がよく取り入れている指差呼称・副唱──自分が何をやって、何を伝えて、どう動いているかを目と体と声でしっかり体感する──これが伝達と安全管理を支えます。シナリオ通りに動くだけの非現実的な訓練では、ここが鍛えられません。
──フィードバックという考え方自体は重要ではないんですか。
野村:フィードバックは大事ですが、常に受動型なんです。事案が発生して、対応して、その場で終わる。これを超えていくには「フィードフォワード」、つまり「対応したが、次にこれとこれが重なったらどうするか」という先手の手法に行かないといけません。
起きたことに対して対応してそれで完結、ではなく、継続・収束するための変換が必要です。そのためには、率先者やフットワークのある人材を育てることが非常に重要になります。

──木村先生、これは心理学的にも同じことが言えるんでしょうか。
木村:はい。同調性バイアスの話とも繋がりますが、数人が動き始めればみんな動くんです。その率先してイニシアチブを取れる人を組織として育てる、というのが企業の役目になります。
野村さんがおっしゃるように、消防の現場対応も毎回シチュエーションが違う。そこで通じるのは、原因ではなく結果から逆算する考え方です。これは企業の訓練設計にもそのまま応用できる視点だと思います。
動ける状態を作る「行動のパッケージ化」とは何か
──では具体的に、人が動ける状態を作るには何をすればいいのか。木村先生、ここが本セッションの核心だと思います。
木村:重要なキーワードは「行動のパッケージ化」です。
人間は大きな環境変化のときも、小さな環境変化のときも、正常な判断能力で行動するのが難しい。そこで、「こういう状況のときには、こう判断して、こう行動する」を一連のパッケージにしておくんです。
たとえば、「地震の揺れを感じたときの避難」「倒れている方がいたら一次救命処置、必要に応じてAED」──こうしたパッケージをマニュアルで明示することです。マニュアルが文章でダラダラ書いてあったり、「状況を鑑み適切に判断すること」と書かれているだけだったり。これだとやっぱり動けません。
──マニュアルを読み上げるだけでは機能しない、と。
木村:そうです。「認知→判断→行動」を一つのパッケージにして、訓練で繰り返し継続的にやる。そうすると「これをしないと次のアクションにつながらない、最終目的に近づけない」ということが体で理解できる。ワンアクションで動ける仕組みになるんです。
──具体例で言うと、どんなイメージでしょうか。
木村:学校では最近、緊急地震速報を受信したときに、子どもたちが自分の身を一番守れる行動をする、という抜き打ち訓練が当たり前のように行われています。
私自身も、レベル3以上の防災気象情報を受け取ったら手回し懐中電灯の動作確認をして、解除されるまでリビングに置いておくというルールを作っています。本番が起きたときにゼロから何かを思いつくのは無理なので、事前に行動のパッケージ化のもとに繰り返しやっておく必要があるんですね。

──ひとつのパッケージだけじゃなく、複数のシナリオを反射的にできるようにすることも必要ですね。
野村:いわゆるコンビネーションです。朝起きたときから「もしかしたら」というイメージを常に重ね合わせる。良いイメージだけでなく、悪い兆候・サインを先読みするような生活サイクルを作る。これが結局、訓練と日常をつなぐことになります。
──防災心理学の理論と、現場で長年災害と向き合ってこられた野村さんの実感が、同じ結論に向かっているのが印象的でした。
木村:そうですね。失見当やバイアスを理解し、人間は本能的に動けないものだという前提に立った上で、行動をパッケージ化する。ここから始まると思います。
続きはアーカイブ動画で
セッション3の後半では、「失敗を経験させる訓練」「環境支配の法則」など、実際に企業がどう訓練設計を変えていくべきか、より実践的なテーマが議論されます。明日からの訓練を変えるヒントとして、ぜひアーカイブ動画でご覧ください。
「最初の一手」としての安否確認
セッションを通じて両氏が繰り返し語ったのは、災害時に人は普段のように動けないという前提でした。失見当、正常性バイアス、同調性バイアス──これらは個人の意識だけでどうにかなるものではありません。
組織の初動においても、同じことが言えます。地震が起きた瞬間に「誰に連絡するか」「どう集計するか」を判断していては、間に合いません。判断を介さずに、組織として動き出せる仕組みが必要になります。
トヨクモの安否確認サービス2は、地震発生時に自動で従業員へ安否確認メッセージを送信し、回答を集計します。災害時の初動を支えるBCPの起点として、4,700社以上(2025年12月末時点)のお客様にご利用いただいています。
(本記事はトヨクモ防災DAY2026 セッション3の内容を、登壇者の許諾を得て編集・再構成したものです)
編集者:遠藤 香大(えんどう こうだい)
トヨクモ防災タイムズ 編集長 RMCA BCPアドバイザー トヨクモ株式会社で災害時の安否確認を自動化する『安否確認サービス2』の導入提案や情報発信に携わる。トヨクモ防災タイムズではBCPや災害対策に関する記事の企画・執筆・編集を担当。専門家との連携や現場視点を取り入れながら、読者に寄り添う防災情報の発信を目指している。